この時期になると思い出す。

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国立大学入試試験が始まったようだ。私も14年前には入試を受けた一人である。

ちょっと時期がずれるが、なんだかセンター試験のことを思い出した。

岐阜県関市で育った私は、センター試験を受けるに当たって、岐阜市にある岐阜大学まで行かなければならなかった。

関から岐阜までは、当時はちんちん電車かバスという交通手段しかなく、単線の路面電車や、1時間に1本しか走らないバスが混雑することは容易に想像ができた。

しかも、その日は雨模様で、とても寒いときたもんだ。

進路指導をしていた担任に「先生、妥協したらだめだよ」と、のたまった私はやはりどこも受からずに、浪人していたわけで、当時の両親もおそらくは心配してただろうとおもう。(あたりまえだ)
上記の交通事情を家族の誰もが認識していたわけで、電気屋をやっていた親父がスズキの軽トラックで送ってくれるということになった。

道中、だんだん雨がみぞれに変わり、本格的に雪が降ってくるようになった。言うまでもなく、メンテナンスなんてしてない、軽トラのタイヤは丸坊主である。不安である。
そんな中、ちょっと裏道を通ったせいで、微妙な坂に出くわした。
途中から車が坂を上らなくなった。

私は降りて車を押した。

センター試験の日にこんなことになろうとは・・。

なんとか、第一関門は突破したのだが、会場に近づくにつれ、なんだか渋滞し始めた。

そりゃそうだ。みんな考えは同じだろう。

ああ、やばい、こんなことなら、電車とかバスで行けばまだなんとかなっただろう。とか思っていたら、

運転席の親父の叫び声と同時に「ドン」という鈍い音。

事故である。

雪に滑って、前に止まっていた乗用車に追突。

まあ、人生こんなモンだと思った。

終わった。

しかし、それでもまだかすかな望みがあると思っていたので、追突車両の人と早々に話をすすめ、たいしたことがないことが判明。
連絡先を渡したのだが、こっちの車は動けない状態だった。

親父がなんか話してる。

戻ってきて言った。

「ちょうど行き先が岐阜大学だって、乗せてもらうように頼んだから行ってこい。」

えー、というわけで、被害者の方の車に乗せてもらってなんとか、15分遅れで会場に到着したのである。

言い訳をするわけではないが、センター試験の結果はさんざんだった。

つまり何が言いたいかというと、浪人は無駄じゃない、でも留年は無駄である(笑)

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このページは、山中ですが2008年2月28日 20:32に書いたブログ記事です。

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